保育の現場にて | +++It's Blue Life+++ 第2章
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明るい精神病患者を目指していたけれど挫折し、現在主婦ニート。

精神を病んでいる、九州在住のクラリネット吹きの、ヘタレブログ。
時には毒も吐いてます。

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保育の現場にて
今月一杯、午前中は保育園のパートに行く事になった。
詳しくは隠れ家編


しかし、こう長い間勤めに出ていないと、本当に疲れを感じる。


何が楽しいのか勤務時間中、時間と仕事に拘束される日々。
そんな不毛な日々のどこが楽しいのだろう。

正直なところ、自由業で時間も本当に自分の好きな様に出来ていた日々が長かったので、そう思えてしまう。

しかし、働かなければ生きていけない。
そう、割り切って出勤するしかないのだろう。



今、私が通っている保育園には
「じゅんこ先生」
が既にいたので、私は現在
「わたなべ先生」
と呼ばれている。

大体はずっと「純子先生」と呼ばれて来た。
勿論、クラリネットの生徒さんやその保護者さん、
それから時折指導に出かける学校関係でも
「純子先生」と呼ばれているので
苗字+先生と言われるのはあまり馴染みがない。


しかし。
子供に「わたなべ先生」と言うのは言いにくいのではないだろうか。

「わたべ先生」

べ先生」はまだいい方だ。

面倒なので他は省略するが、結構面白い呼ばれ方をしている。


うちの双子たちも相当な舌足らずだから、
「わたべ先生」と言うが、本当に子供の喋り方は面白い。


が。
やっぱり赤ちゃんが嫌いという気持ちが強い。


現在は赤ちゃん〜3歳児までのクラスを行ったり来たりしているが、
気分が思い。

毎日出勤する気持ちの重さに、赤ちゃんの泣き声に包まれる毎日。

それでも、仕事だから、商売道具だから、
と思えばこそ耐えられると言うもの。


そうやって自分の気持ちを宥めながら半日を過ごし、くたくたに疲れて帰宅する状態。


たった半日でそこまで疲れる私も相当な馬鹿だけど、
やっぱり気疲れと言うのが大きいのだ。


夫は
「きつかったらやめてもいい」
と言ってくれているので、恐らくその内に辞めるかもしれない。


でも。
かつては自分の天職だと信じていた仕事でこんなに疲れるなんて…。

それがショックだ。


けれども、保育園と言うのは女の職場。
所詮女の集まりと言うのは足の引っ張り合いであって、
外部を受け入れない排他的な部分があるのも事実。

保育園や病院関係は特にそれが大きいと私は思っている。


そんな排他的な場所に、のこのこ出かけて行って簡単に受け入れてもらえるはずもない。

所詮、私はよそ者。

今、私がパートに行っている保育園でも
「よそ者が自分たちのコロニーを荒らしにきた」
と思われてるのではないだろうか。



しかも、その保育園、理事長と園長、主任と栄養士と事務長、
そしてもう一人の先生を除いた残りの保育士は4人はみんな私よりも年下。

内一人は短大を今年の春に卒業したばかりのお嬢さんで
まだまだ実践とは程遠い机上の理論主体の保育をしている。


私もブランクはあるものの5年間の経験があるし、
クラス担任も持っていたのでそれなりの事は出来ると自負しているから
年下保育士たちの手際の悪さにはいつも苛々している。


保育現場において、若いと言う事は元気さを求められる点でも確かにいい事かもしれない。

しかし、その若さと子供っぽさはまた違う。
どうも彼女たちはそれに気付いていない様なのだ。


「遊び保育」
という言葉もあるにはあるが、彼女達はそれと自分達のエゴとを履き違えている。

最近は保護者も若いからそんな彼女達の履き違えた馬鹿な理論を
「きちんと子供のことを考えてくれている」
と勘違いしている有様。


そんな馬鹿保育士と馬鹿な保護者の中にいて、一体子供達は何を学ぶと言うのだろう。


子供達が可哀想に思えてきた。



子供嫌いとは言うものの、保育現場に帰ってようやく自分の中で何かが動きだした気がする。

これは決して、若さや彼女達の無意味な元気さに対する僻みではない事を断言しておく。

幼児教育 | 17:34 | comments(0) | trackbacks(0)
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